FC2ブログ
IMG_20180916_201753[24]futago4
IMG_20180916_200834_1futaggo5.jpg
すっかり秋めいた季節と思いきや、時おり真夏の暑さが戻ってくる。
半袖と長袖のシャツ両方を交互に着用している今日この頃である。
昨日は女川町の敬老会が開催され、およそ300人のお年寄りが体育館に集まられた。
全国では100歳以上の長寿者が約6万人いるとの報道がなされている、本当に結構なことである。
本町でも100歳以上は男性の107歳を先頭に6人おられる、おめでとうございます。
1963年、今から55年前には日本全国で100歳以上はわずか100数十人しかいなかったというから、物凄い寿命の延びである。
人口6500人の本町で御年92歳なられた知り合いの方は”ようやく長寿100番になった、ベスト50位には入りたいな”と誇らしげに語っていた。
高齢化社会到来と言われて20年も経過するだろうか?
高齢化社会というと何か暗い不自由な社会を想定するが、けっしてそうではない。
経済が発展し、医療技術が進歩し社会が成熟してくればその延長上には必然的に高齢化社会が到来するのです。
だから高齢化社会は人類が目指す理想の姿だし、悲観すべき暗い社会ではないのです。
大事なのは長生きしたことを、本人や周りが心から喜べる社会を造ること、つまり長寿を喜び合える社会を造ることです。
つまり高齢化社会は喜ぶべき目標とすべき社会であるが、問題は少子化である。
一人の女性が生涯に産む子供の数、つまり合計特殊出生率が1,3程度では人口がどんどん減少する。
若い女性が安心して子供を産み育てる社会環境が最も大事なのです。
海外を行き来している知り合いの子育て真っ最中の女性が”飛行機内や空港で子供の声や行動に一番厳しく不寛容なのは日本人だ”との声は重く受け止めたい。
フランスは30年ほど前、合計特殊出生率が1,3程度になって危機感を抱いた政府が総合的な出産、子育て政策を展開して現在は出生率2,2ほどに改善したとか。
出生率を劇的に改善したフランスをお手本に我が国も本気で少子化に取り組まないと、お先は真っ暗になりかねない。

自民党の総裁選挙真っ最中である。
現職の安倍さんと石破さんの一騎打ちと言われているが、安倍さんの当選は既定路線で、前回負けた地方票で今回はどれだけ現職の強みを発揮して圧倒できるかだろう。
安倍さんの評価は人さまざまであろう、アベノミクスが経済にどれほどの効果、成果があったかは評論家、専門家によっても違うので本当のところ分からない。
しかし今度の当選で戦後最長の内閣になることは間違いのないところだから、政治経済政策で過半数以上の国民の支持を得てきたことだけは間違いがない。
トランプさんとの異常な接近ぶりや”モリ、カケ”問題でのとても誠実丁寧とは思えない言動の数々はあるが、それらも含めて日本国民は安倍さんを支持してきたし、国政選挙で勝たせてきたのである。
だからその自信と勢いをもって、長年の執念である憲法9条の改定を一気に成し遂げたいのであろう。
しかし私はこの憲法9条の改定だけはさせてはならないし、決してならないだろうと考える。
何故なら安倍内閣の政府挙げての憲法改定必要論の大宣伝、大合唱にも関わらず、過半数の国民が憲法改定、特に9条の改定を望んでいないからである。
憲法は不磨の大典では決してない、しかし世界に誇れる不戦の誓い、平和を希求する憲法9条は私たちが命を懸けて守り続けなければならないものと考える。
私たち日本国民は70数年前の戦争の教訓として、世界の人々に不戦の誓いと平和主義を約束したのです。

今年の夏の総決算として、スペインにいる娘夫婦が生後8ケ月の男子双子の赤ちゃんを連れて来襲した。
まさに来襲の感で、今日で来襲10日目だが、我が家は幕末の黒船来襲並みのてんやわんやの大騒ぎ。
スペインと日本、西洋と東洋のあいの子、ハーフだ。スペインの祖父母は東洋系の顔立ちだというらしいが、私らから見ると明らかに西洋系の肌と容姿である。
来日した日に21号台風が吹き荒れ関西地方の一部が麻痺し、翌日は北海道に大地震があり、改めて日本は自然災害の多い国だということを再認識する。スペインの祖父母が日本の安全を本気で心配するのも無理からぬ話だ。
爺バカ承知で言うと顔立ちは西洋と東洋の良い部分を受け継いで色白で目鼻立ちがはっきりしている。
赤ちゃんの中でもかなりのイケメンであることは間違いない。
父親は大相撲のグルジア出身の栃の心に似ていると言われるが、本人は納得していないようだ。
田舎の町の団地内を白人を含んだ家族が二台のベビーカーを連ねて歩けばたちまち”黒船来襲”の噂はたちまちのうちに広まる。
幸い我が家の伝統に反して人見知りをせず、誰に声をかけられても笑顔を返すので近所ではすこぶる評判が好い。
”疲れる、大変だ”とこぼしまくる家内も、内心はかなり気合が入って満足しているようだ。
赤ちゃんという存在は本当に人の心を和ませてくれるものだとつくづく思う。
大変だ、大変だと言いながらも双子ちゃんは12日間の帰省を終えて明日は成田に出発する。
東京で姉家族と妹家族と初対面する予定なのです。
当たり前のことだが双子なので仙台空港への迎えやどこのお出かけも二つのチャイルドシートがいるのです。
双子と言ってもお昼寝も一緒に寝るわけでもないし、起きるわけでもない。
高齢双子出産の娘には精神的にも肉体的にもかなりの負担がかかっているのは間違いない。
高齢出産というのはサポートする祖父母もより高齢化するということです。
私たち夫婦も老体に鞭打ちながら娘の負担を少しでも軽くしたいと願っているのです。
今回の12日間の帰国が娘夫婦にとって、一時の安らぎにでもなれば幸いなのです。
明日の夜からは夫婦二人だけの日常に戻る予定です。
”来て嬉し帰って安心”とうたった川柳を思い出すだろうか。
スペインからの帰国はマドリードから成田への直行便でも13時間ほど要します。
毎年来るのも大変だろうが私たちが生きている間は毎年二人の成長を確かめたいものです。
皆さん、秋も深まってまいります。読書の秋、食欲の秋、スポーツの秋、文化の秋,
秋の夜長を楽しみたいと思います。
健康に留意していろんな秋を楽しみましょう。
スポンサーサイト
今日は最高気温は25,6度くらいだろうか。昨日の30度超えと比べたら大分楽だ。
それにしても今年の暑さは格別だ。東北の中でも暑さは然程でもない当地でもこの暑さであり、日本列島全体がが異常気象になっているのかも。
庶民の防衛手段としては、エアコンをまめに使い、絶えず水分を補給し余分な外出を控えるしかない。

秋田県代表の金足農業高校が日本全体に大きな感動を与えた。
秋田県予選から甲子園の大会決勝まで1500球を超える吉田君の熱投は高校野球ファンのみならずお茶の間の主婦までも、その心を揺さぶり続けた。
私のような古くからの野球ファンは吉田君の熱投は48年前の青森三沢高校の太田こうじ投手を思い起こす。
何となく吉田君の顔や風貌も太田に似ていると感じるのは私だけだろうか。
最後までマウンドを守り続ける孤高の姿、圧倒的人気、そして最後に力尽きる悲運の姿も吉田君は太田こうじにダブってしまう。
今年も深紅の優勝旗が白河の関を超えることはなかった。
私が知る限りでも三沢高校をはじめ東北高校、仙台育英、青森光星学院等々、春夏合わせて十数回にわたって挑み続けた決勝戦はすべて東北の高校が敗れた。
北海道の駒大苫小牧高校があのマークンを擁して夏の大会連覇を果たしているが、東北の高校は未だ悲願は未達成だ。
技術やパワーを含めた総合力は間違いなく全国レベルだが、優勝をつかむには目に見えない何かが足りないのだろうか。
故星野楽天の監督が、東北のファンと名古屋、大阪のファンの気質は明らかに違うといっていた。
大事な試合を負けた時、名古屋のそれは”ひっこめー、ヘタクソー”大阪は”アホンダラー、クタバレ”の罵声が飛ぶが、仙台のそれは”惜しかった、明日頑張れ”の声が飛ぶと。
東北人のやさしさおおらかさが最後の決戦の時に、気合、覚悟、厳しさの違いとなるのか。
今年の大会の1回戦で浦和学園に大敗した仙台育英にも”精一杯闘った、胸を張って帰ってこい”の声、優しさを超えて甘やかしではないかの意見は酷だろうか。
どちらにしても津軽海峡は超えたが、白河の関はこえられない、高校野球の優勝旗、”たかが高校野球、されど高校野球”
楽しみが先に延びたと考えましょうと思うのは甘い気質の証かも。

先日大分県のスーパーボランティアおじいさんが、山口県で2歳の子供を救出した。
尾畠春夫さんという当年78歳のおじいさんは情熱と的確な判断とやる気で日本中に感動と歓喜をもたらした。
”子供は高いほうに行く習性がある、カラスが鳴いていたので何かがある”との判断はまさに素晴らしく感服する。
発見の後で2歳児の祖父の感謝の行為の入浴や食事の誘いに”私はボランティアだから”と固辞する姿はまさに格好良いスーパーおじいさんである。
78歳の年齢は俗にいえば敬老の対象の年齢である。
しかし彼は今回の救出だけでなく、広島から宮城県から日本中を駆け回って人助けをしているスーパーおじいさんなのです。
世の中にはいろんな才能を持った且つ崇高な倫理観を持った素晴らしい人がいっぱいいるが、私が知りえた人の中でも最高の人、国民栄誉賞に匹敵する人であろうか。
そういえば前の日本ボクシング連盟の会長山根さんも78歳であったろうか。
このお方も戦前思想の個性の強すぎるお方でスポーツの精神を踏みにじった行為の数々だが、どこか憎めないキャラがあるように感じるのは不謹慎だろうか。
尾畠さんと山根さんを比較すること自体が無意味だろうが、同じ昭和の空気を吸いながら平成最後の年に、日本中の話題を背負ったパワーあふれる78才だろうか。
私たち高齢者もこの尾畠さんのパワーあふれる真摯な生き方を少しでもマネできるように頑張って行きたいものです。
人はそれぞれ人生もいろいろ、それでもできるなら少しでも社会の役に立つ生き方をしたいものです。
”朝は必ず来る”これも尾畠さんが常に心掛けている言葉とか。
皆様、驚異の暑さもそろそろ終わりです。もうひと踏ん張りです。
頑張りすぎないようにしながら、ぼちぼち進みましょうか。
         
2018.08.04 終わった人
今日も又暑い、暑い!連日猛烈な暑さが続いている。
私達の故郷、女川の最高気温は暑いと言っても、昨日、一昨日も30度から32度くらいだが関東、中部、関西等々は連日40度に迫る勢いであり日本列島はまさにサウナ状態か。
今朝は6時に起床して、女川湾戦没者慰霊碑の事前清掃に行ってきた。
午前7時の作業開始だったが、私が現場到着した15分前には数人の方々が清掃を始めておられた。
立正佼成会石巻支部、役場互助会、有志の方々等々30人程の方々のおかげで事前清掃は40分ほどで終えることが出来た。
この慰霊碑は今を遡ること73年前、先の太平洋戦争の末期の昭和20年8月9日、10日に米英加等連合国側の大空襲で女川湾で亡くなられた158名の英霊を慰めるための碑です。
今から50年以上前の昭和41年、郷土の先人神田義男さんたち”海友親和会”の皆様方が私財を投入して建立したものですが、歳月の経過と共にその関係者の多くが故人となられる中で、有志が立ち上がり、先人の方々の遺志を継いでいこうとささやかながら慰霊祭を継続しているものです。
8月9日に開催する慰霊祭には、当時の防備隊の通信兵であった仙台在住のkさんが参列される予定です。
Kさんは御年94歳ながら益々かくしゃくとしておられ、現在も各地で講演を通して自らの女川湾での空襲体験を踏まえながら、戦争の悲惨さ、平和の尊さを訴えられている。
6月に仙台でKさんの”終戦の6日前に女川で空襲があった”の講演を聴き、その空襲の凄さ、悲惨さと共にKさんの94歳を思わせないかくしゃくとした話しぶりに感動と感銘を覚えたのです。
戦後70年以上が経過し、太平洋戦争はもう”過去”の物になっているが、私達現在に生きるものの責任として、国と国が戦争をした場合、どんな悲惨で理不尽なことが起き、どんなに不幸で惨めな人々が数多く出ることをこれからを生きる若い人たちに訴えて行きたいと思う。
そして先の戦争による憎しみや偏見は70年たった今も人々の心の中に色濃く残り続けるのです。
戦争と言うのは人と人との殺し合いであり、より多くの人間を殺した方が勝つのであり、これほど理不尽なことはなく、ゆえに戦争はどんな名目の戦争もすべて”悪”なのです。

先日1週間の間に3本の映画を観た。
全て邦画で”万引き家族” ”東京家族”そして”終わった人”の3本です。
3本ともそれぞれの味わいがある名画だが、三つの映画に共通するのは家族の愛、家族、人間、夫婦の有り方の葛藤が鋭くそして暖かく描かれているのである。
中でも映画”終わった人”は一番身近な感じもしたので内館牧子さんの著書”終わった人”を読んでみた。
主人公田代ソウスケは岩手県盛岡出身で東京大学法学部卒の英才である。
単なる秀才だけではなく、ビジュアルもフィジカルも秀でて仕事もいわゆる切れ者でもあったが、就職した大手銀行での出世争いに敗れて、最後は子会社で冷や飯を食うことになる。
退職後も東京大学、大手銀行などの過去の栄光にとらわれ過ぎて、自らの行動を縛り続けて行く。
退職後に通ったスポーツジムでも恋愛でも又盛岡の高校の同窓会でも過去の栄光を必要以上に背負い続けるのである。
そんな田代が思いがけなくIT企業の社長に駆け上るが最終的に倒産し、蓄えていた私財の殆どを投入することになる。
その退職後の数年の中で起きる、働く女房との確執、すれ違いや、思慮分別を持ちながらも若い女に心ときめかす主人公の
心の機微が面白おかしく共感、共有するものがあるのです。
主人公田代は結局、名誉も財産も失くしながらも、妻との愛情を確認し故郷盛岡に帰り、昔は余り冴えなかった同級生と絆を確認しあい、60代以降を生き抜いていく人生の目標を見つけて行くのである。
学生時代には存在感が感じれなかった同級生が、学歴でもお金や名誉でもなく、明るくたくましく生きて行く姿に秀才田代は感銘し厚い衣を脱ぎ続けて行く姿が微笑ましい。

野球の楽天イーグルスが後半戦に居に入り、破竹の快進撃を続けている。
岸は安定感抜群であり、古川、塩見などの投手陣や田中和、アマダーの攻撃陣がかみ合い最下位脱出だけでなくCSシリーズ進出も夢ではない状況である。
一度はどん底に落ちて諦めていた上位進出であり、残りの50試合全力で邁進して欲しい。
日本ボクシング連盟の強面会長が連日テレビ画面に登場している。
日大の田中理事長、アメフットの前監督内田氏、そしてボクシングの山根会長三者に共通する者は”強面、独断専行、旧態依然”そして昭和も20年以前、つまり戦前の思考回路なこと。
特に山根会長の言動から感じられるものは、公私の区別のない俺がルールブックの精神。
それにしても昭和の戦争前の精神の人たちが、税金が投入されるスポーツ団体の幹部に君臨する我が国のスポーツは精神的にどの辺のレベルにあるのか。
2年後に開催される東京五輪を前にして、旧態依然の悪しき慣習を断ち切って欲しいものです。
1週間後には東京の二家族の孫たちが帰省し、9月にはスペインの双子ちゃんが来る予定です。
最近私も少々夏バテ気味だが、孫たちが来るのを楽しみに体調管理に努めましょう。
皆さん、それにしても暑すぎるね、2年後のオリンピックが暑さで開催できるかと心配になる。
いまさらだが、前の東京五輪のように10月開催にできないかと思ってしまう。
政治も経済もオリンピックもアメリカ主導にならざるを得ない現実が恨めしい。
皆さん、水分をこまめにとり健康に留意し、夏を乗り切りましょう。
2018.07.15 災害大国日本
西日本豪雨で広島、岡山、愛媛等広域にわたって甚大な被害が出ている。
亡くなられた方々、大きな被害を受けた方々に心からのお悔やみとお見舞いを申し上げます。
地震、津波、火山の噴火、集中豪雨、ハリケーン、竜巻等々世界の各地で自然災害が猛威を振るっている。
地球全体が何百年に一度の激しい活動期に入っているのかもしれないし、環境保護より経済活動を優先してきた人間どもに対する大自然からの強い警告かもしれない。
その中でも我が国は世界最大の自然災害の多い国と言っていいだろう。
茨木、熊本、京都、広島、岡山等々近年、毎年のようにこの時期に大きな被害が出ている。
その度に「50年、60年この地に住んでいるがこんな災害ははじめてだ」の声が聴かれる。
私達の7年前の東日本大震災もそうだった。私達も昭和35年のチリ津波を教訓にその対策を練ってきたが、全く通用しなかった。
昭和35年の津波の高さは町なかで3m~4mだったが、7年前の高さは18メートルだった。沖合の無人の島には高さ43mの所に津波到達の跡があった。凄まじい自然の猛威だ。
考えて見れば私達日本はこの1000年から2000年間、おそらくそれ以上前から同じような規模の災害が繰り返され、それらを乗り越え、そして忘れてきたのだろうか。
自然災害を100%抑え込むことは不可能だろうから、過去の経験から素直に学び、人間の英知を結集して減災に取り組むしか術はないだろう。
こんな地球規模の大緊急時に核やミサイルの競争をして、無益な諍いを繰り返す程愚かなことはないことを悟るべきだろう。
テレビの画面で広島や岡山の被災者が40度近い炎天下で泥にまみれて片付け作業をしている姿は私達の7年前の姿と重なる。
私も20年若かったら現地に飛んで行き、少しでも被災者の為の手助けをして御恩返しをしたいのだがとつくづく思う。
7年前の東日本大震災の時をふり返って見る。
私たち家族は海抜16mの町立病院に避難してから体育館に移り、そして親戚の家にお世話になった。
その間、震災から3日間は小さなカップ1杯のサンマ汁を食べただけだった。格別美味しかった。
体育館に居る時、親戚の家から迎えの知らせ来たときは本当に嬉しかった。
それは生後僅か25日の孫を抱えていて、娘は震災のショックで母乳が止まってしまい、私は何としてもこの赤ちゃんだけは生かしたいとそればかりを考えていた。
空腹に耐えれない孫がごった返す体育館で夜中に泣き叫ぶ時、何もできずにただただ抱きしめることしかできなかったことを思い出す。
廻りの人たちが「赤ちゃんはお腹空いてるんだね、泣くのは仕事だから気にしないで」の言葉も優しく有難かった。
おむつはタオルか布きれで代行できたが、ミルクの調達は大変だった。でも捨てる神あれば拾う神ありで方々から貰ったり譲ったりして凌げた。5日目くらいからは救援物資が届き始めミルクも缶で余分な程手に入った。
1ケ月程居候させてもらった親戚の家もトイレが故障して、小は沢水を持ってきて流せるが、大は使用できずに近くの山に行って済ませた。汚い話で申し訳ないが現実にあった事です。
私は男だから何とかしたが、家内や30歳の娘には山に行ってスコップで穴を掘り、用を済ませるのは本当に辛かったろう。
生理現象は昼夜を問わず催すし、雨や風の時もあった。家族で夜中に傘を差しながらの時もあった。
風呂は私は21日間、家内は一ケ月以上入れなかった。22日目の風呂は運動公園に設置された自衛隊の風呂だった。
水道も電気も1月位全く使えなかったから、その間は配給の飲み水と洗濯用沢水を使い分けて過ごした。
電気を使えないので夜は早く寝て、朝早く起きることが習慣づいたが、ローソクは欠かせない必需品だった。
日が暮れるのが早い時期だったので夕食は毎日ローソクの灯りを頼りにロマンチックな食事だった。
親戚の家では相手側の親戚の被災者も同居していたが、良い人達だったので生活しやすかった。
1ケ月程して夕方電気が点いたときは嬉しくて皆で拍手をして喜んだ。
21日ぶりで入った自衛隊の風呂は水を循環させる方式だったが、自分の体から”アカ”が浮いて出るのが分かったが、隣の人もアカだらけで何か安心した。
我が家の2台の車が流されたので、足の確保に難儀した。
ほぼ1ケ月後、東京から従兄弟と娘婿が車とタンクに入れたガソリンをを配達してくれたので本当に助かった。
あっという間の7年が過ぎました。この間いろんな悲しい思い、悔しい思い、辛い想いも沢山経験した。
でも反面、全国全世界から本当に暖かい支援を一杯受けてきた。
私の周りでも親戚、知人、友人いろんな団体、個人の方々から物心両面から多くの善意の支援を戴きました。
親戚での同居生活や山便所も、21日目の自衛隊の風呂も電気が灯った時の感激も今となれば良い思い出ばかりです。
人間は殺し合ったり、いがみ合ったりするのではなく、お互いに助け合って生きることが本当に大事であることを学びました。
被災地のみなさん、特に家族や隣人を失くされた方々本当に辛いでしょう。又、住まいを壊された方々も大変でしょうが、必ず良いこともあります。日本人の緊急時のルールを守った思いやり助け合い譲り合いは世界にカンタルものです。
皆さん、希望を持って前に進みましょう。私達も被災地に一人一人が出来ることを精一杯支援していきます。

ワールドカップサッカーも大詰めを迎えている。
フランスとクロアチアの決勝が今夜行われるが、その前の三位決定戦はベルギーがイングランドを破ったようだ。
世界3位のベルギーと大接戦を演じたわが日本チームもまんざら捨てたものではないことか。
それにしても今年のワールドカップは矢張りやはり欧州勢が強かった。
日本も頑張ったが、韓国も最後に強豪を撃破して頑張った。
日本の予選の最終戦ポーランド戦の戦い方は賛否両論あるが、これは長い歴史の中で判断するしかないのではないか。
将来の日本代表を夢見る子供たちにどう説明するのかと言われると困るのだが。
皆さん、当地は今26度、エアコンも扇風機もお休みだが、皆さんの所はそうはいかないでしょう。
孫たちがいる八王子、横浜、そしてマドリードもかなりの猛暑のようです。
早く女川に来てゆっくり休めばよいのだが。
皆さま、いよいよ夏本番です。くれぐれも御身体をご自愛ください。
梅雨入り宣言が出たと思ったら皮肉なことに連日快晴が続いている。
今日の日曜日は30度近い快晴の下に宮城ヘルシースポーツ大会ペタンク競技の女川町予選大会に出場してきた。
ぺタンクと言うのは高齢者向けのニュースポーツで、あの五輪競技”カーリング”の地上簡易版みたいなもの。
ピットと呼ばれる小さい球の近くに両チームが10㎝程の鉄の塊のようなボールを各6個を投げて点数を競うものです。
男女や年齢による能力の差が殆どなくわがチームにも90歳を超えて元気に競技している大正生まれのツワモノもいるし、80歳を遥かに超えて確かな戦力として存在している女戦士もいる。
要は高齢化社会の中で元気な爺ちゃん婆ちゃんをより多く出現させるために行政が主導して行うスポーツ大会である。
宮城ヘルシーはペタンクの他にビニールバレー、ソフトボール競技も同時行われている。20年前までは私もソフトボールに出場していた。
女川町は県内でも2,3番目に高齢化率が高く(確か38%)加えて65歳以上の一人暮らしが17%、全世帯の6世帯に一世帯が高齢者の一人暮らし世帯なのです。そう言えば私のうちの周りにも一人暮らしの高齢者世帯がゾロゾロ。
町内全3000世帯のうち30%が高齢者だけの一人もしくは二人世帯なのです。
高齢化率の高さはど田舎の小さな町としては如何ともしがたいから、元気な高齢者を増やすことがわが町に課せられた至上命題なのである。
まして本町は集合型の災害公営住宅が多いから、引きこもりがちの高齢者をどうやって表に出てもらうかが肝要なのです。
私は小さな町の特性として、孤独死を防ぐ、たとえ孤独死があっても2,3日のうちには必ず発見することを目標にしたいと思っている。
そのためには行政の力だけではだめで、共助すなわち地域の親睦融和、助け合いが最も大事なのです。
ペタンクの成績は全体に芳しくはなかったが、昼食をみんな揃ってワイワイガヤガヤ騒ぎながら多少のアルコールを含みながら食べることが出来たから、有意義な一日だったろうか。

W杯サッカーが序盤から中盤戦に入り世界中が熱気に溢れている。
今年のW杯サッカーはブラジル、ドイツ、フランス、アルゼンチンなどの強豪が思わぬ苦戦を強いられている。
わが日本の組もFIFAランクが遥かに下位の日本やセネガルが上位のコロンビアやポーランドに快勝する下剋上現象を起こしているのである。
ちなみにポーランドはランク8位、コロンビアは16位、セネガルは27位、日本は61位です。
今から丁度1時間後に日本対セネガル戦があり、キツイ時間帯だが、是非テレビ観戦する予定です。
”大迫半端ない!”のフレーズが日本中を席捲しているが、今年の流行語大賞入賞は間違いないだろう。
普段はサッカーに殆ど関心のない家内も毎日W杯の各国の勝敗を確認する程熱を入れているから、W杯サッカーの凄さと言うのは計り知れないものがある。
今日のペタンクの後の高齢者の昼食会の席でも今夜のセネガル戦の話題で盛り上がっているから、W杯サッカーは桁外れにスゴい。
今ライブ実況中のイングランド対パナマ戦は途中経過だが3対0でイングランドが勝っている。
イングランドの選手の平均年棒は6億円を超え、パナマの選手の年棒は2000万円、およそ30倍だとか。
この試合だけは下剋上とはいかないようだ。頑張れニッポン!

わが東北楽天イーグルスが復調の兆しを見せている。
私達夫婦が久しぶりに仙台の楽天生命パークで実況観戦した楽天、阪神戦を最後に梨田監督が引責辞任した。
この試合も又、則本投手が8回まで好投しながら打線の援護もなく逆転負けした。
今年は投手が好投しながら打線がチャンスを何回もつぶし、最後に投手が打たれて逆転負けする同じシーンを何回観ただろうか。
併し平石監督代行になってから、皮肉なことに打線が途端に活発になってきた。
田中和や茂木ら若手と銀次、今江のベテラン陣が活躍して監督交代後4勝1敗の好成績である。
田中、茂木、島内の六大学トリオが俄然威力を発揮して、岸は防御率断然トップ青山が実に渋い働きを見せ、勝ち運にものってきつつある。
これまで外人のホームラン攻勢だけに頼り過ぎて猫の目のように変えた打線を、機動力のある選手を上位に並べる打線に変えそれを固定化してきたのです。
6月で借金20を一つのけじめとして辞意を表明した梨田監督の優しさと潔さには最大の敬意と感謝を申し上げよう。。
親会社の楽天が現場の指揮にまで干渉しすぎたとかの面もあるらしいが、現場の責任者として全て自分の責任として背負い込んだ梨田さんは心の大きい暖かい人間なのです。
東北の被災地に夢と希望を与えるために精一杯頑張ってきた梨田監督に賛辞とお礼を言いながら、人心を一新して残りのペナントレースを頑張りましょうか。
それにしても塩見や若手の安楽、藤平はどこで何をしているのか。守護神松井のカムバックが待ち遠しい。
まだまだ今年のクライマックス出場は諦めてませんよ。
いよいよ夏本番を迎えます。熱中症対策に充分気を配りながら、高齢者運転にこれまた細心の注意を払いながら暑い夏を乗り切りましょうか。
皆さま、健康には十分注意を払いながら暑さに負けずに、ちょっとだけ頑張りましょうか。