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今日は7月1日、大震災以来3回目の夏を迎えることになる。
大震災の年の夏は殊の外暑さが厳しく、ハエが超大きく多かったことを覚えている。
それだけ、この年は衛生状態が悪くハエにとっては超住み心地が良い環境だったのだろう。
我が家でも役所から指導を受けてペットボトルに酒と酢と砂糖を入れてハエ獲り器を造って大量に捕獲したのが記憶に新しい。
二年数カ月の歳月が流れハエの元凶だった瓦礫の山は見事に無くなった。
此れひとえに東京都をはじめ日本全国の人々のご支援ご協力の賜物であり、感謝の一言である。
一昨日、障碍者の福祉作業施設がほぼ完成し、プレハブの施設からの引っ越し作業を軽トラ持参でお手伝いした。
この作業所は10人ほどの障碍者が元気に活動していたが大震災で壊滅し、障碍者はてんでんバラバラになっっていた。
被災地は瓦礫の処理をはじめ建設業の求人は殊の外多く、ここ数年の中でも有効求人倍率は最も高い状況であるが障碍者のそれはその限りに非ず、作業所で働いていた人達の大半は失業中であり、作業所の開所を一日千秋の想いで心待ちしていたのです。
私はこの福祉作業所の理事長とは30年来の友人であり彼の”波乱万丈の人生の最後を障碍福祉にかけたい”との想いに賛同し少しばかりの協力をしてきたのです。
彼は震災で女川の福祉作業所、菓子工場、自宅等すべてを流失したが、福祉関係の友人を頼って鳥取県伯耆町(ホウキ)で絶望の淵から奇跡の再起を果たし、現在人口1万人強の伯耆町で障碍者25人を含む40人を雇用する福祉作業所を運営している。
私も”百聞は一見にしかず”の諺通り、伯耆町の作業所を見学してきたが、25人の障碍者が明るい雰囲気の中で嬉々として働く姿に大きな感動を覚えました。
伯耆町の町長から”女川の施設が復興することを願っているが伯耆町を撤退しないでください”と懇願された。どん底の最も苦しい時に助けてもらった町を”ホウキ”することは人の倫に反することだという事は理事長自身が確信していることなのです。
7月25日待望の竣工式が行われるが、東日本大震災で最大の被害を受けた町の復興の象徴としてみんなで祝福してやりたいものです。
福祉を取り巻く状況は必ずしも楽観出来ないが、障碍を持った人たちが自然の笑顔を見せる事が出来る作業所であることを心から願いこれからもできる限りの応援をしていきたい。


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