7月の末にもかかわらず梅雨が明けず鬱陶しい日々が続いている。
関東以西は毎日うだるような暑さで熱中症で倒れる人が相次いでいることを考えると日本は小さい国だが列島が南北に長いゆえに季節感がこんなに違う事をあらためて思う。
昨日初めて被災地である本町を訪れる人々に対しての語り部ボランティアをした。
奈良県の人々40人程、東日本大震災の被災地を支援する10代から70代までの老若男女である。
観光協会からの依頼での語り部ボンティアははじめての経験だが、私は立場上、議会関係の視察の際の説明を数回経験しているし、県外での震災関係の講演を数回行っているので数字等は大体頭に入っているので然程慌てることもなく緊張感も持たなかった。
バスの中と海岸での1時間ほどの説明と質疑応答だったが、本町のあまりにも壊滅的な惨状に驚愕し真剣な眼差しで話を聞いてくれるのが感じ取れた。
私の家が海岸から100mの場所に在ったこと、木端微塵に壊されたこと、犠牲者の数が海の傍より海岸から離れた地域それも幾分高台になっている地域で多かったことを伝えると皆、頷いていた。
今回の大震災で筆舌に尽くしがたい経験もしたが全世界からの暖かい支援も頂き、人間社会の素晴らしさも経験したこと、今度、他地域で災害があったら本町町民は真っ先に支援に行くだろうと話したら、大勢の方から拍手を戴いたのにはびっくりした。
私達町民は未曽有の大被害を受けたが、全国、全世界から多大な支援を戴き今日を迎えている。
私は被災者の務めてして大地震、大津波の恐ろしさを正しく伝え、全国、全世界の人々が自然災害の恐ろしさを認識し、起きた場合は可能な限り減災に勤めるように普段から準備をしなければならないと考える。
参議院選挙中も候補者は口では東日本大震災からの復興が一番というが、関東以西では大震災は完全に風化している現状である。
私達被災者は被災地の現状を訴え続け、大半の被災者が未だに第二、第三の人生設計を描けないで悶々としている実情を訴え続けなければならない。
先般、障碍者の福祉作業施設の竣工式が町長や県の関係者の出席のもとに開催された。
壊滅状態のどん底から這い上がり漸く開所まで辿り着いた理事長が涙声で感謝のあいさつをされたのが印象的だった。
利用者は一様に不安と緊張感を持ちながらもこの施設に大きな期待と希望を持っていることが感じ取れた。
開所はしたけれどこれからが新たな挑戦の始まりでもある。
福祉作業所の中には開所はしたけれどその後、運営が行きずまり、閉鎖を余儀なくされた例も数多くある。
小さな町の大きな挑戦であるこの開所を喜びながらも町民皆で大事に支えて行きたいものです。
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