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春眠暁を覚えずの候となり、朝晩の冷え込みはまだまだ厳しいが窓から差し込む陽ざしは柔らかく暖かい。
保育所に通う3歳の孫も未満児から正規の年少組に入り、クラスの友達も6人から20人に増えたと興奮気味に話していた。
春は別れの季節であると同時に新しい出会いの季節でもある。
年年歳歳、別れと出会いを繰り返しながら人は齢を重ね人生の終末に向かって行くのである。
人は齢を重ねるにつれて新しく出会う人は極力限られ、別れる人が圧倒的に多くなる。
別れる人は死別が多くなってきたが、これはある意味で自然であるが、昨今とみに多くなってきたのが東日本大震災を原因とする”心ならずも”の別れである。
年を重ねてくると殆どの人は生まれ育ってきた故郷への愛着は年々強くなるものである。
併し大震災によって住居を流出した人々が、これから生きるであろう10年か20年を有意義に安寧に暮らすためには、自分の意志だけではなく息子や娘等若い人たちの意向も考えざるを得ないのが現実である。
将来に向かって経済的な不安もあるがそれ以上に現在の健康状態が保てるだろうかと言う不安が大きくのしかかってくる。
子ども達と同居は望まないが、スープの冷めない距離に住みたいというのは人情だろうか。
同じ時代の空気を吸い同じ時代の感動と苦しみを共有してきた旧友は大変貴重であり、齢を忘れて真から人生を語り現状を愚痴れるのは同級生が一番である。
その同級生の何人かが震災により、町外への転出を余儀なくされ、気軽に盃を傾けることが出来なくなったのは本当に寂しい限りである。

我が国を取り巻く社会が大分きな臭くなってきたと感じるのは私だけだろうか。
国民の圧倒的勝利の下に造られた安倍内閣は、靖国神社を参拝し、従軍慰安婦問題を検証し、集団的自衛権を行使し武器輸出3原則を大きく変えようとしている。
安倍さんは右傾化ではないというが、積極平和主義と言う名の右傾化でありナショナリズムの台頭である。
歴史を紐解いてみると、お互いのナショナリズムが台頭し、ぶつかり合った時に世界のあちこちで戦争が起きているのである。
過去の我が国の戦争もそうだし、最近ではクリミア半島のロシア編入も同類である。
我が国にとって最大且つ唯一の頼みの綱であるオバマ大統領は日本の安全保障政策全体に対して、社交辞令として”支持”を表明したが支持は以前の”歓迎”ではなく一歩後退の意思表示である。
米国は日本がナショナリズムを発揮しすぎて東アジアに不安定要素を造り上げるのには明らかに不快感を示しているのである。
中東のイスラエル、アジアの日本はその地域の不安定要因であるとの一部外国メディアの報道もあながち誇張ばかりとは言えない感がする。
集団的自衛権の行使や9条を考えるとき、どうしたら戦争を回避し平和を維持できるか、若い人たち戦場に送らずに済むかと言う観点から判断することは大事なことである。
愛国心は大事であるが国粋主義に走ると相手が見えなくなるのは困った傾向である。
ナショナリズムも国粋主義も相手にも同じものがあるという当たり前のことを再認識すべきである。
それにしても過っての自民党は考え方が幅が広く懐の深い政党だと思っていたが、昨今は選挙制度のこともあって実に小さく浅い政党になった気がする。
連立を組む公明党は政権与党が絶対条件であり、何事も最初から一言、言うだけの条件闘争であり、すり寄ったみんなの党は解体寸前であるからこれも頼りにはならない。
東日本大震災で私達被災者は筆舌に尽くし難い苦難を強いられ、多くの大切な人と大事なものを失ったが、反面全国全世界の人々から暖かい支援を戴き人間社会の暖かさ素晴らしさを体験した。
であるのに世界が戦争という地球上でもっとも野蛮で愚かなことに繋がろうとしているのは残念である。
2011年3月12日、夜明けと同時に見た故郷は映画やテレビで何度も見た戦争の後の焼野原のようだった。
あれは自然災害であるが戦争は人災であり、人間がするものであるから人間がしないこともできるのである。




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