サッカーw杯ブラジル大会でわがジャパンは厚い世界の壁に挑み無残に粉砕した。
今回の侍ジャパンは史上最強?と言われて国民の大きな期待を背負いながら3試合で勝ち点1の結果でありその、ショックは余りに大きい。
4年前の南アフリカ大会が決勝トーナメント進出のベスト16で、決勝トーナメントではPK合戦で惜敗していただけに、今回にかける国民の”気合”は並々ならぬものが有っただけにその反動はことのほか大きい。
私も昨日は早朝4時半に起床し熱烈な応援をしていただけに結果は残念無念である。
前半の終了間際に本田のクロスに岡崎が合わせた同点シュートの瞬間以外は落胆の連続、力の差の確認であった。
シュート数23対9、ボール支配率56%対44%、コーナーキックの数9対2と数字のすべてに日本チームがコロンビアを圧倒しているのに得点は1対4の惨敗である。
日本チームは前後半を通じてシュートの雨を降らせたのに得点はわずか1点、相手は9本のシュートのほぼ半数が確実にネットを揺らしたのである。
私もサッカーは素人だがコロンビアチームとの歴然たる違いはシュートの精度であろうか。
相手はチャンスは少ないが少ないチャンスに確実にシュートを入れてくるし日本はそれを阻止できない。
日本はチャンスは作るが確実にシュートを決めれないし、相手は決めようとするシュートを蹴らせないのである。
野球でもラグビーでもサッカーでも瞬間、瞬間の”球ぎわ”に強い選手が一流かそうでないかの分かれ目であろうと思う。
相手がパスやシュートを蹴ろうとするとき自由に蹴らせないように瞬時に体を寄せる、逆にシュートを打つ時、瞬時に体をくねらせながら相手をかわしてシュートを蹴る、これが球際の強さであり一流の証であろうか。
これは日頃の練習で培われるものだが、多分に先天的な面もあるやに思う。
この試合はフィジカルというわが民族の身体能力の限界を自覚せざるを得ないような衝撃的敗北であった。
わが日本チームは世界に通用するのではないか、サッカーという地球上が大騒ぎするメジャースポーツで日本は強豪の仲間入りが出来るのではないかという大きな期待は幻想、錯覚であることを思い知ったのである。
長谷部、本田、香川等の主力選手の落胆ぶりは相当なものであり、長友がインタビューで悔しさで言葉に詰まっていたのは印象的であり選手自身が最も落胆し悔しかっただろうと推察する。
マスコミやサッカー関係者がW杯W杯と騒ぎ過ぎではないかと言う批判もあるが、地球規模のスポーツのお祭りだから騒ぎ盛り上げるのはマスコミの使命であろう。
一次リーグ敗退で日本のお祭りが終わるのは残念だが、そしてアジアチームが一勝もできない現実はかなり悔しいが、世界のスポーツの祭典はしばらく続くのだから他のチームを応援しながらもう少し楽しもうか。
日本、韓国、イラン、オーストラリアが一勝もできないのは単なる偶然ではないだろう。
次回のアジア枠が4から3に減らされることはないかと心配してしまう。
イラクやウクライナ等で内戦、戦争が繰り返され尊い命が失われ街や故郷が廃墟に化している惨状を見るにつけ、スポーツを通して平和の実現に貢献することは大事な事だとつくづく考える。
初戦で日本と戦ったコートジボワールの選手が長く続いた内戦時にサッカーを通して平和を訴え続け、その甲斐もあって
戦争が終わったそうである。
”サッカーでは一つのチームになれるのに何故人々は一つになれないのか”と訴え続けたそうである。
!たかがスポーツたかがサッカー !されどスポーツされどサッカー
W杯で大騒ぎしているうちに集団的自衛権の行使を可能にするという憲法の解釈変更が進んでいる。
一内閣がその時の考えで平和憲法の根幹を変えるというのだから将に無謀、乱暴の極みである。
このお方は”仲間が攻撃されているのに座視は出来ない”と言い、普通の国、当たり前の国になると言うが、仲間への攻撃を自分への攻撃とし、相手を攻撃することは相手から攻撃を受けることでありすなわち戦争状態である。
集団的自衛権の行使容認が戦争に突入する機会を多くすることは間違いない。
国民の生命財産を守ることを最大の使命とする総理大臣が、戦争の確率を高めることに前のめりになる神経がどうしても理解不能である。




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