2015.02.18 同期の桜
立春は過ぎたが真の春は未だ遠しの感がする。
末娘夫婦が孫を伴い中国に里帰りしてから3週間が過ぎ、最初は孫のうるささから解放されてホッとしていたが、老夫婦(?)だけの味気なさを痛感している昨今である。
若夫婦と孫がいないということは、光熱費が減る、買い物に行く回数が激減する、食事は有るものですます、外食はしない等々消費動向に大きく影響するものだとあらためて認識する。
つまり家庭から子供がいなくなるということは静かで平穏すぎて変化に乏しく家庭に活気と笑い声が少なくなるという事なのだ。

2月に入って高校の石巻地区の同期会、大学の石巻地区の同窓会に出席してきた。
私は従来から同窓会はまだしも同期の集まりには出来るだけ出席して旧交を温めてきたが、最近齢を重ねるに従い特に大震災以来は出席意向がより強くなってきた。
大学の同窓会は50人ほどの集まりの中で年は上から5,6番目だろうか。つまり長老の域である。
殆どがその場だけのお付き合いだから、気楽と言えばそうだし関係がスマートというか、希薄であることは間違いない。
高校は全て同期、現役で仕事をしているのは全体の2,3割くらいだろうか。
大半は年金暮らしで、それも市役所や教師のOBが多いので、年金額はまずまずの人種が多い。
そこそこに常識があり、そこそこに話題が豊富で面白く、居心地は悪くなく時間はたちまち過ぎて行く。
私が誘って初めて出席したH君は高校時代は喧嘩と悪さに明け暮れて、学校中に恐れられてきたが、”同級生は良いもんだ、機会が有ったら又出席しよう”と言った。
”自分は波乱万丈の人生を歩んできたが、これからの人生は同級生との縁を大事にしながら穏やかに歩んでいきたい”とも言った。
殆どの人が暇を持て余してるようで、飲みながらもしっかりとパークゴルフと麻雀の約束が即成立した
大学、高校の集まりは出席して騒ぐだけの”お客さん”で気が楽だが、近々開催する中学時代の”古希同級会”は幹事の一人であり主催者側である。
高校は3年間、大学は4年間だが中学時代の仲間は3年間に小学6年間がプラスされ友達によっては幼年時代の数年間が加味されるので尚一層中身が濃い。
狭い地域で育ったので遊ぶのも悪さをするのも一緒であり相手の、父ちゃん母ちゃんは勿論爺さん婆さん妹、弟から家の中まで知り尽くしている友達が多い。
損得勘定と無縁で飾る必要のない時代に、本能の赴くままにお互いにぶつかり合った相手なので、ハートの大きさが大体分かる。
人間は努力と環境によって大きく変わるし、立場やポジションが人を形成していく行くのも事実である。
学校の勉強はあまり優秀ではなかったが、社会に出てから経営者やリーダーとして才能を発揮して社会貢献した人も少なからずいる。
でも私の知る限りでは、子どもの頃優しかった友は大人になっても優しい。
幼いころ正義感の強かった人は今でもそうだし、幼いころ狡る賢かったひとは大人になっても狡い。
数年前、中学時代の同級生と30年ぶりに会った際、外見の変わりようにお互いに驚き多少警戒感もあったが、1時間2時間と話すうちに昔のまんまのアイツをお互いに見つけあい、安堵し肩を抱いて飲みあった。
同じ時代を同じ空気を吸いながら同じような環境で育ち、遊んできた友は貴重である。
東日本大震災の折、家や店を流された私達に浄財を集めて一人一人に手渡してくれたのは多くの中学時代の同級生達だった。
街頭のテレビで力道山の空手チョップに興奮したことや小乗浜の岩場でフリチンでアワビ獲りをした時の感動は同じ時代を生きてきた同志にしか語ることのできないパンドラの箱だ。
64人の出席者の中で数人の同級生が”大津波の災害から完全復興してない中でよくぞ企画してくれた””当日が楽しみでたまらない”等のコメントを寄せてくれた。
私達地元に在住する者の務めとして、壊滅した故郷が同級生をはじめ全国全世界の人々の支援により、ここまで復興してきたんだと言う姿を見てもらわなくてはならない。
参加した全ての同級生が復興しつつある故郷を見て、勇気づけられることを強く願う。
そして過ってのハナタレ小僧や少女が白髪交じりの髪に皺だらけの顔で今後の老いの事を楽しく元気に語り合える場所でありたいと思う。
久しぶりに訪れた故郷での出会いが後半から終盤に向かう人生の明るい一コマになってくれれば幸いである。
そうなれるように私達幹事は精一杯おもてなしをしたい。
そして尚且つ自分達も大いに楽しみたいと思う。



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