2016.01.26 琴奨菊の優勝
新しい年が始まったと思っていたら今月も残すところ5日あまり、月日の経つのは本当に早い。
大相撲初場所は大関の琴奨菊が日本人として10年ぶりに優勝杯を手にした。
日本人の優勝が10年間ないことについては、大相撲が本当の意味で国際化したのだから気にすることはないとの意見もあった。
国技であることに力点を置き過ぎず、もっとグローバルな視点から判断することが重要だとの考えである。
しかし国技、国技と振りかざすつもりはないが、力士全体の8割以上が日本人なのに最高位である横綱3人がモンゴル人であることと10年間日本人が優勝してないことは矢張り異常な状態であると考える。
そしてここ10年間日本人が優勝してないことには、日本人として屈辱感、劣等感みたいなものを感じていた。
日本人がモンゴル人と比べて同じアジア人として身体能力が格段に落ちると言う根拠はない。
それは経済力の違いもあるが、五輪や他の競技の世界大会での実績を見れば明白である。
あるとすればハングリー精神の違いだろうか。
私が問題だと思うのは日本の国技であるのに、日本人の中で体格がよく身体能力に優れた有望な子供たちの多くが大相撲を目指さないと言う現実を変えることだと考える。
子どもの頃に体格が良く運動神経に優れていると野球、サッカー、柔道、バレー、バスケ、ラグビー等々に進む傾向が強い。
ところで我が家のリビングには琴奨菊の名入りの色紙の手形、湯飲み茶わん、マグカップなどが溢れている。
以前にも紹介したが私の千葉県松戸市にいる親戚T氏が佐渡ヶ嶽部屋のいわゆる”タニマチ”で中でも琴奨菊とは親戚以上のお付き合いをしているのである。
その為私達夫婦はT氏の姉夫婦と共に1年前の1月、大相撲初場所を見物しそれも憧れの土俵のまじか、検査役の側で見ることが出来たのです。
その上その日の夜には銀座の中華料理店でT氏家族と琴奨菊と付け人も加えた合計10人で2時間ほど食事をすることが出来た。
琴奨菊とは席も丁度隣だったので琴奨菊の大関としての自覚や辛さ楽しさ、そして付き合っている女性がいて、近々結婚することを率直に聞くことができた。
私達も人生70年を歩んできて人間を見る目はかなり磨かれていると自負している。
素顔の琴奨菊は素直で実直で礼儀正しくちょっと気が弱そうなところもある常識を兼ね備えた青年力士であると見た。
1年前の琴奨菊は大関であるが勝ち越すのがやっとで、大関の地位を守るのに四苦八苦している状態だった。
雑談の中で大関の地位にいるうちに結婚披露宴をしたい的な事を言ったのを覚えている。
要するに1年前の彼は大関を守るのが精いっぱいで優勝をするとか横綱を目指すとかは全く別世界の事だったのです。
それが嫁さんを貰う、新しいトレーナーとの出会いによる肉体改造、精神力の向上等により真の実力が付いたのです。
これはモンゴル勢や他の外国人との基礎体力の違いに敗戦の原因を求めていた日本人力士に与える影響は極めて大きいと考える。
大関稀勢の里、遠藤、勢等々琴奨菊の快挙を他山の石として、もう一度原点に還って努力してもらいたい。
やれば出来る自分で限界を造るな! 期待されていることに誇りを感じてもう一度”挑戦”を
それにしても琴奨菊の優勝が現実感を帯びてきた10日目以降は我が家の5時40分頃のリビングは異常に盛り上がり興奮状態であった。
琴奨菊が左四つに組勝ってがぶり四つの体制に入るころには私も家内も立ち上がって絶叫し勝負が決まると雄たけびを挙げてガッツポーズをしている。
勝てばハイタッチ、負ければソファーにしゃがみこんでため息。
昨年の9月、1月の銀座での会食のお礼に女川の鮮度抜群のサンマを佐渡ヶ嶽部屋琴奨菊宛に送ったのが効いたのかもしれないと内心独りよがりに自負している。
琴奨菊 優勝おめでとう! 長い間の辛抱と努力が報われて本当に良かった。
連続優勝とか横綱とか考えなくて良いから。
自分の相撲である左四つからのがぶり寄りを愚直に貫けば良い。要は自分の相撲を獲ることである。
あの琴バウアーに磨きをかけて今まで通り立ちあいに変化する等一切考えずに相撲道を貫き通してください。
今となると親友と言われている豊ノ島に負けて他の力士にすべて勝ったこては尚の事恰好よかった。
事奨菊の優勝、日本人10年ぶりの優勝本当におめでとう
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