2016.04.04 桜前線北上中
桜前線が北上中である。
宮城県東北部の女川町は10年程前まで、桜の満開は4月の後半だったが、昨今は4月の中旬になった。
地球温暖化の影響が桜の開花の時期にもはっきりと表れているようだ。
我が家の娘婿の外国人は”何故日本人は桜の開花の時期にこんなにこだわり大騒ぎするのか”と不思議がっているが私もその理由はよくわからない。
入学式、卒業式に桜は付き物であり実に美しい、遠山の金さんのタンカは桜吹雪で迫力が増し、軍歌は桜で勇ましさと哀愁が交錯する。
日本人にとって桜は夢であり希望であり文化であり魂そのものなのだ。
今年も涌谷の友人が4月の第三日曜日に”勝手にお花見会”を開催するようだが、残念ながら今年で終わりになりそうだ。
300坪の自宅に数百人の友人知人が集まり、勝手に持ち寄り勝手に飲み食いをする実に愉快な集いである。
開会式もなければお偉方の挨拶もなく、ルールも会費もない自由奔放な集いだが、参加する人々が酒好きだが常識人が多い、そんな感じの楽しいお花見会であった。
今年で終わる理由はただ一つ、寄る年波で準備、かたずけ等に体力が付いていかないようだ。
止むを得ない事情であるが、何とか継続できないか、無い知恵を絞って考えてみたい。

3月議会が閉会した。平成28年度一般会計の当初予算はおよそ411億円だった。
大震災からの復興計画が折り返し点を廻り、いよいよ正念場を迎えた。
震災前の一般会計はおよそ60数億円だから今年も6~7倍の当初予算である。
3月議会の最終日に私達議員の報酬と教育長の給与の値上げの議案が提案された。
教育長の給与の値上げに関しては教育委員会制度の変更によるものであり、全く問題はないが、議員報酬の月3万4000円、年間
515,000円の値上げについては大いに問題があり最終的に反対した。
値上げにより、宮城県下22町村の中で人口が3番目に少ない本町が柴田町に次いで2番目の報酬の高い町になるのである。
町長の値上げする提案の理由は大震災により議員の活動の機会が大幅に増え、本会議や委員会の開会日数が格段に増えたこと。
加えて半年前の町議会議員選挙の立候補者が定数通りで無競争になったことは、現況の報酬では若い人たちの生活給を満たしておらず、若い世代の議会への関心を高めるためにも議員報酬の値上げは必要であるとの事である。
町長の大所、高所からの識見による提案は大変ありがたいのだが、次の点からやはり賛成しかねる。
一つは今回の提案は報酬等審議会の答申を受けての町長の提案だが、議員は自分たちの給料を最終的に自分たちが議決するのである。その場合は議員は自らに対してより厳しく謙虚でなければならない。
二つ目は本町住民の大半は先の大震災で全ての財産を失い、被災者の70%が未だ仮設住宅か、みなし仮設住宅に住んでいる状態であり、生活に窮している住民が数多くいる現況での値上げは到底住民の理解を得られない。
三つ目は百歩譲って多少の値上げが必要であっても、20代30代の若者の多くが非正規労働者で年間所得250万円以下の現況で一気に51万円の値上げは乱暴すぎること。
どうしても、若い人たちの議会への参加を呼び掛けるのであれば、値上げ実施の時期を来月からではなく、4年間遅らせれば良い。そのくらいの自分達への厳しさを持つべきである。
町長の考えは理解できる面もあり、賛成する議員の主張も間違っているとは言い難いが、私は私の考えに基づいて終始一貫反対の意見と討論を貫いた。
いくら反対しても議決されれば反対した議員も報酬が増えるのであり、単なるパフォーマンスではないかとの声も聞こえるが、ダメなものはダメ、反対は反対である。
議会の議論だけでなく世の中には、ある面で正しく、ある面で正しくないものが沢山ある。
と言うより、社会の出来事や決断は一方から見れば正義であるが、一方から見れば悪であることの方が多いかもしれない。
社会の出来事の多くが光の面と陰の面を持ち合わせているのである。
いくら経験を積んでも齢を重ねても勉強しても、迷った時の決断はその人の人格が出るはずだ。
議員だけでなく大人は自分の決断に責任を持たなければならない。
人生は決断と選択の連続であるかもしれない。
今振り返ってみて、間違いの多い反省の多い選択と決断だったかもしれないが、それが自分の真の実力でもある。
私は決断に迷った時、原点はどこにあるのか、住民目線はどこにあるのかと言う点を基準にすることにしている。
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