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あの東日本大震災から2年の歳月が流れました。
私達の町で「あの時」と言う言葉は全ての人が2011年の3月11日の午後2時46分を指すのです。
それだけ女川町民にとって3,11東日本大震災は衝撃的であり、人々の運命を狂わすことになったのです。
人口1万人の小さな町で827人の死者、行方不明者をだし、6500戸の建物のうち4700戸が壊滅した”みちのく女川町”は全国、全世界の人々がその呼び名を間違えることがないくらい超有名な悲劇の町になってしまったのです。
平成25年の3月定例会が14日間の会期で開かれ予定通り終了した。
本町の24年度の一般会計当初予算はおよそ230億円だったが補正、補正で増額し最終的には840億円に膨れ上がっている。
震災前の本町の一般会計は60数億円だった事を考えるとまさに途方もない数字であり、これは人口20万人の中都市の予算に匹敵する金額であろう。
今まで10万円単位の補正予算に対して侃侃諤諤の議論をしていたのに、100億を超える数字が普通に飛び交う状況に我々議員の金銭感覚は麻痺寸前である。
正直、単位を二桁間違って認識し、思わず指をあてがって単位を確認することはしばしばある。
しかし如何に慣れない数字の予算であっても、私達議会が本町住民の為の復興予算を執行するにあたって、唯一の意思決定機関としての重要な役割を担っているのは間違いないのです。
金額の大小にかかわらずこの予算は大津波で肉親を失い貴重な財産を奪われ、未だに仮設住宅で暮らす人々が、明日への希望を持って立ち上がるための大事な糧になるやもしれぬのであることを思えば、愚痴などこぼして居られないのである。
数字の違いだけでなく今までの積み重ね手法が全く通じない議会審議に戸惑い、自らの限界を感じている面もあったが、これは全てのベテラン議員が感じているらしい。
新しい人は新しい感覚で住民の代弁者になればよいし、経験豊富な人はその経験を生かして住民の声を吸い上げ、時にはリードすればよいのである。
1000年に一度の大災害に遭遇したことは不運であったが、住民の再生の為に役立つ審議に参画できる充実さを考えればこんなにやりがいのあることはないのである。
この1週間に自立再建した二人の被災者宅にお祝いに訪問した。
二人とも自宅全壊の被害から必死に立ち上がり、多額の負債を背負いながらも第3第4の人生に船出したのです。神様は、気まぐれではあるが”背負いきれる人にその範囲の試練を与える”と言うことを信じてこれからも生きて行こうと思う。
もがき苦しみながら波に飲まれて逝った多くの方々の無念の思いを背負いながら、故郷復興の為に一歩一歩前進しよう。

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